創作舞妓in富士宮 開催の模様【動画あり】

静岡県美容業生活衛生同業組合(久保田寿人理事長)主催で、富士宮市内で初の「創作舞妓in富士宮」が9月16日に開催されました。

創作舞妓

マイロード本町を歩く

すでに先日のブログでもお知らせしたとおり、昨年静岡市内で開催し好評だった企画を、伝統ある富士宮の街で再び行いたいと、同組合の富士宮支部(藁科孝支部長)メンバーが中心となって実現させました。にぎわいづくりはもちろん、後継者育成事業として、若手の育成、技術の継承をしていきたいという趣旨、意気込みがあるようです。

富士宮駅前交流センター「きらら」にて、組合のメンバーが着付け、そしてメイクアップを朝から行った後11時過ぎ、モデルさん約20名が商店街を歩きました。

前日まで悪天候で、この日も開催が危ぶまれましたが、お昼に向けて雨も完全に上がり、富士山は顔を見せてくれなかったものの、多くのギャラリーに囲まれて、賑やかにスタートしました。

創作舞妓

世界文化遺産センターへ向かう

マイロード本町から、まずは世界文化遺産センターへ。華やかになります。

創作舞妓

逆さ富士をバックに

創作舞妓

記念写真にも笑顔で応じます

その後、富士山本宮浅間大社へ移動。正式参拝です。

今回モデルさんの中には外国出身の方も。和装に非常に満足されたのではないでしょうか。

創作舞妓

外国出身の方もモデル体験。良い経験になったのでは。

創作舞妓

富士山本宮浅間大社 正式参拝

創作舞妓

お神酒を受け取ります

創作舞妓

楼門前、なれないポックリ下駄(厚底)の為慎重に階段を降ります

創作舞妓

馬場を歩く、風情ある後ろ姿

創作舞妓

大社の境内が色鮮やかです

創作舞妓

湧玉池でも記念撮影

創作舞妓

長屋門にて 色合が映えます

創作舞妓

長屋門前でも記念撮影

富士山本宮浅間大社の門前町として、大宮のまちは中世から大きく栄えました。昭和12年ごろには大宮町(富士宮市)だけで百数十人の芸者さんがいたようです。
昭和50年ごろで30人程度、平成25年すぎには2・3人程度ということで、存続が危ぶまれています。

当時の芸者さんの記念写真を、歴史書から引用させていただきました。もちろん、時代も違いますし、「創作」ということで、テーマも違うので同じような色合いではなかったかと思いますが、それでも、カラーであれば、きっと上記のように色とりどり、美しかったのでしょう。

富士宮

新杵一家

どちらも有名な一家で、当時は隆盛を誇りました。

富士宮

高島家一家

余談ですが、実は、富士宮にある長屋門は、もともとは富士市にあったものです。現在の新幹線新富士駅の南側あたりの「川成島陣屋」の門として建てられました。

この陣屋は、1857年から1858年まで(およそ一年間ではあるが)駿河国川成島藩主であった、大名の本郷泰固(ほんごうやすかた)の本拠地として築城されましたが、本郷氏の異動の中で、地元用人の和田家に引き継がれました。

大正10年に「遠藤つる」が高島家を芸妓を3人を抱えて開業した頃から徐々に発展し、大宮が花柳の街として知られるようになり、最盛期の昭和12年には高島家だけで50人、前述の新杵家で50人、2社だけで100人の芸妓さんを擁していました。(他に常磐家などもあった)この最盛期に、遠藤家が和田家から長屋門を購入し、富士市川成島から大宮町の現在地に移築したのです。

その後、戦争の激化によって、傷痍軍人の慰問のために県東部各地、山梨まで駆り出されたり、昭和19年に、わずかな期間ではあるものの廃業命令が出されたりなど、非常に苦労も多かったようです。

創作舞妓

長屋門にて 別アングル

当日の様子をムービーにまとめました。2分ほどです。藁科孝富士宮支部長や、参加者の方の声も入れてみました。

今後もぜひこうした行事は継続していきたいと語っていました。

創作舞妓のレポートを終えて思う、日本文化への率直な思い

どんな文化も、時代の変化とともに、栄枯盛衰があるのは、切ないけれど必然です。
とはいえ、こうした日本文化には、日本人のアイデンティティ、ルーツがあると思います。

芸妓を目指す舞妓さんのドキュメントがあったので、こちらも少し紹介しておきます。
雰囲気がつかめると思います。

今は個性の時代。多種多様な洋装・和装・和洋折衷、多国籍、あらゆる要素で身を包んで、個性を演出する時代となりました。その中で、自国の文化を大切にする、という大切な気持ちの部分が消えかかっている気もします。消えているというよりは、最初から薄くなっている、のかもしれません。

時代が進んでいるはずなのに、どこか、心に余裕がない人も増えている中で、こうした和装、髪飾り、支度、化粧、お金も時間もかかる、そしてまた古いイメージがある、色んな要素が足止めになっているようにも思います。娯楽の少なかった当時と比べ、手間を掛けずとも、娯楽も多く、個人化していく時代も追い打ちをかけるのでしょう。

編集人自体は、花柳界に詳しくもなく、多くを語れるわけではありませんが、でも、一人の日本人として、実に日本らしい、風流な文化伝統は、続いていくと良いなと思っています。また、日本人が世界に立ったときに「あなたの国の誇れる文化は?」と聞かれたときに、自国の文化を語れない、いくらもたしなめない日本人では、非常に恥ずかしくもあるようにも感じます。まあ、価値観は人それぞれでしょうけれども、せめて、たしなめないまでも、知識としては持っていたいものです。

そんな中で、静岡県美容業生活衛生同業組合さんのこの試みは、大いに感銘を受けました。富士宮での第一回ということで、久保田理事長、藁科支部長はじめとするメンバーの皆さんの決断と、歩み始めた第一歩は、大きなものだと感じます。今後もぜひ、継続してほしいですし、そもそも、イベントとして一過性だけではなく「再びそこにある文化」として、地域の有志、経済界の方々の協力や関心を得て、時代にあわせた新しい創造も取り入れた、文化の再興があればより良いとも思います。

そのために微力でも、ふじのみやふぁいるずがこうして準備や当日のムービーも含め、「熱い志の動きがある」事は伝えていきたいと思い、この記事をつづります。

ご協力頂きました皆様に感謝申し上げます。

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